「センパイに会いたい」今のわたしが作られるまでの軌跡

作家

砂川 文次さん

すなかわ ぶんじ

1990年、大阪府生まれ。法学部自治行政学料を卒業後、陸上自衛隊に幹部候補生として入隊。2016年、『市街戦』で作家デビュー。
2022年『ブラックボックス』で第166回芥川龍之介賞を受賞。現在は自衛官を退官し、都内区役所に勤務しながら執筆をしている。

講義と勉強に打ち込む4年間の
「居場所」は図書館。
卒業後は自衛隊幹部候補生に

非正規雇用のメッセンジャー。―現代社会の構造的問題や歪みを浮き彫りにした小説『ブラックボックス』の主人公だ。この作品で芥川賞を受賞したのが神大卒の作家・砂川文次さん。圧倒的にリアルな描写が評価される一方、陸上自衛隊出身であることも話題となった。実は神大入学にもその経歴が関係している。

「自衛官を目指したのは、子どもの頃に直感でかっこいいと思ったから。大学も防衛大学校が第一志望でしたけど受験に失敗してしまい、神大に進学しました」
学部は法学部自治行政学科。大学卒業時に自衛隊一般幹部候補生試験にチャレンジするため、公務員試験に役立ちそうだと選んだ。
「だから大学での思い出といえば、ひたすら講義を受けて試験勉強をしていたことぐらい(笑)」

そんな砂川さんにとって、「居場所」となったのが図書館だった。勉強したり本を読んだり、ときには息抜きでゲームをしたり、「まるで自分の部屋のような感覚」で過ごせたという。
「定席は以前の図書館3階の隅にあった自習席。他人の視線をあまり気にせず過ごせるのが良かった」

読書の楽しさに目覚めたのは高校2年生の終わり頃。現国のセンター試験対策で読んだ評論をおもしろいと感じたのがきっかけだった。
「大学でも講義で使う教科書を読むのが楽しかったんです。芦部信喜の『憲法』や、ジョセフ・ナイの『国際紛争』を知ったのも講義がきっかけ。思想関係の本も好きだったので、『日本政治思想史』など当時購入した教科書は今でも何冊か持っています。どれも内容は現在でも通じるし、アカデミズムは時間に希釈されない本を提供してくれると実感しました」
勉強に集中できたこともあり、4年時には自衛隊一般幹部候補生試験に合格。本好きが高じて小説も書きはじめていたが、「兼業作家は多いし、文学史を振り返れば従軍経験のある有名作家も少なくない。自衛隊での経験は作品にも活きるだろう」と入隊後も執筆を続けて現在にいたる。

「最初は幕末が好きで歴史小説を執筆していたのですが、当時の自分の力量や史料収集などの問題があり、完結させられなかった。それで題材を身近なものに変えました」
職場だった自衛隊が舞台のデビュー作『市街戦』はこうして生まれた。「リアリティに根付いた方が小説はおもしろい。リアリティを支えるのは描写であり、描写を支えるのは細かなオブジェクト」と砂川さん。歴史小説を書くなら、史料には残りにくい登場人物の日常、生活の細部や空気感までも表現したかったのだ。
「芥川賞をいただきましたが、自分としては純文学か大衆文学かはそれほど意識していなくて。今後もその二輪のバランスをとりながら、作品の完成度を上げていきたい。歴史小説にも再挑戦したいですが、それはもう少し年齢を重ねてからかな」

SCHOOL DAYS

砂川さんが使用していた席と同型の椅子は現在も書庫にある

JOB

『ブラックボックス』(右)とデビュー作『市街戦』が所収された中編集『小隊』。現在、雑誌『文學界』で『小隊』の続編的作品『越境』を連載中

※取材当時の内容です
(2023年3月発行「神大スタイル338号」より)

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